微睡みに漂う言葉

思ったり、考えたり、気付いたり、そんなことを綴っていきます。

初めての国際学会 ~Life is too short to be nervous~

 

初めての国際学会でいただいたあの言葉を僕は生涯忘れないだろう。

もう2年半も経つのかと思うと時の速さを実感するが、備忘録として残しておく。

 

研究、なにそれ美味しいのという人にも

当時の自分のワクワクが伝わるよう真摯に書こうと思うのでお付き合いただけたら嬉しい。

 

 

2018年6月25日。

僕はポーランドクラクフに降り立った。

翌日から始まるASSC(国際意識学会)への初めて参加ということで、とても、ドキドキしていた。

 

そんな緊張はさておき、現地に着いた日は学会が始まる前日だったので、

周辺を気分転換に散歩しようという話になった。

というのも、このとき歳の近いS研究員(6つほど上)と、A教授(この時初めてお会いしたが、非常に親しみやすい方だった)が一緒で、観光好きな方だったのだ。

このお2方がいたからこの学会の期間を楽しむことができたことは間違いない。

 

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 (クラクフ旧市街、斜めに撮ったらおしゃれかなと思ってたら、角度をつけすぎた)

 

さて、クラクフという街を知らない人はとても多いかもしれないので、ここで端的に説明しておく。

クラクフポーランド(ドイツの右隣)の首都だ。

これぞヨーロッパという街並みなのに物価は日本とそこまで変わらない。

中世の頃よりユダヤ人が住んでいたということで、歴史的にも価値のある建造物が多い。

特に僕らがメインでうろついていた旧市街に関しては、

道端でヴァイオリンを演奏していれば、馬を引いている人もいて 

RPGにでも出てくるような異国の城下町をイメージしてもらえばわかりやすいと思う。ただ歩くだけでも非常に楽しい。

 

hotels.his-j.com

(白夜で22時くらいまでずっと明るいので、時間の感覚をバグらせながら連日酒を飲んだ)

 

 

 

 

先輩方はウキウキしている。

若輩者の自分が地図を見ながら、案内して歩いた。

観光で先輩方が話すことは雑談も多々あったが、それ以上に研究にまつわる話も多かった。

昔の博士課程時代の話、人事の話し、 最近出た論文の信ぴょう性から、次の研究の計画案。

外国に来ているという開放感がそうさせるのかもしれないが、普段よりも生活に根差したというか、研究者のプライベートみたいな内容も多いように感じた。

今考えてみると、先輩方は当時博士課程に進もうか考えていた僕に対して、それとなくこちらの世界はこうなんだよというのを伝えてくれていたのではないかと思う。

その話を聞くのは、非常に楽しかった。あの尊い時間に今でも感謝している。

 

着いてまだ1日しか経っていなくて、翌日以降の不安もあった。

でも率直に、なんか学会期間ってもっとぴりついているのかと思ったけど楽しいんですねと言った。

すると、S研究員は

「学会は日ごろ研究を頑張っているご褒美みたいなものだ」

と話した。

 この時は、へーそうなんだくらいに思って「良いですね」と僕は返した。

 

 

自分は28日にポスター発表をする予定だった。

ポスター発表では、定められた2時間程度のあいだ、会場の1スペースに自身の研究成果をまとめたA0のポスターを貼り、興味を持って見てくれた人に説明する。

 

当然、参加者のほとんどに日本語が通じないわけだから英語で話すことになる。

 

この日のために5分程度の短い説明と

興味を持ってくれた人に対して10分程度の長い説明、

さらには想定される質問を30個以上考え、対応できるようにした。

 

初日の夜は、その対策を改めて見直したりした。緊張して寝れないのではと思ったけどなんてことは無く普通に寝た。

 

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(街並み。馬を引く女性が格好良すぎた)
 

 

 

一夜明けた26日目午前は、ちゃっかり近くのアウシュビッツ強制収容所を観光した。

きっとちょっと観光し過ぎだと思う、ごめんなさい。とても楽しかったです。

 

そして午後から学会入りした。 

なんといっても、この日の醍醐味は大ホールで行われたPatric Haggard教授の講演だ。

 

ハガード教授は、自分の研究する分野の権威で15年以上前からその界隈を先導する人物だ。この研究テーマを取り扱っている人でハガード教授の名前を知らない人はまずいない。

ポケモンで言うとピカチュウくらい有名な人だ(?)

 

僕が発表する予定だった研究もハガード教授ら研究チームの実験の派生のようなものだったし、彼の論文の多くを僕は読んでいた。

 

正直、この日の講演内容は抽象的な話が多く、自身のリスニング能力も相まって理解に乏しくなってしまったが、なによりも快活に楽しそうに話すハガード教授の姿が印象的だった。

 

その後、僕は学会会場をうろつく。

このとき脳科学者の茂木健一郎さんがいた。

道に迷われているようだったので、こっちが会場ですよと端的なやりとりをしたが、そうかこういう方も発表されるんだよなぁとしみじみと思った。

 

 

そのさらに翌日、僕は前日と同じホールで別の人の講演を聞いていた。

ぼけーっと眠くなったところで、一つ席を挟んで隣に座って来た方がいた。

ハガード教授だった。

 

めちゃくちゃビックリした僕は一気に目が覚め、もともと怪しかった講演の内容も一切頭に入らなくなった。

ハガード教授だよな?昨日話してた?本物だよな?話しかけてもいいのかな?と心臓がバクバクいっていた。

 

そして講演が終了した。

ハガード教授はそそくさと席を立ち上がって別のところに向かおうとしていた。

 

僕は、咄嗟にExcuse me ! と叫んだ。

きっと自分自身覚悟ができず、呆けた表情をしていたままだったに違いない。 

 

ハガード教授はこちらを振り向くと笑顔で応えてくれた。

そして改めて席に座ると、きらきらとした眼差しでこちらを見つめてきてWhat's ?みたいなことを言って聞き返してくれた。

 

彼の紳士的な対応に安心した僕は必死に言葉を紡いだ。

『自分はあなたの研究の論文を読んでそこから派生した内容を明日発表するんです。もしよかったら聞きに来てください』みたいなことを言ったのだと思う。

 

すると、ハガード教授はプログラムを取り出すと、どれだい?みたいなことを聞いてくれた。

僕は近づいて、自分の名前を指差し、これです。このポスター発表です。と伝えた。

ハガード教授はその部分に大きく丸を付け、必ず行くよと言ってくれた。

 

そして、ここまできてようやく僕も理性を取り戻し始めた。

ちょっとだけ今の環境に怖くなった。

予防線で、来てくれると嬉しいです、でも緊張してうまく話せるかなぁ…といったニュアンスのことを伝えた。

 

すると、ハガード教授はこちらを爛々とした目で見据えて

『Life is too short to be nervous.』と言った。

 

僕は、その言葉にただ何度もうなづくことしかできなかった。

すると、ハガード教授は笑顔を浮かべ颯爽と去っていった。

 

 

しばらく僕はその場から動くことができなかった。

これはすごいことだ。

いつも目を通している論文の著者に会えたんだ。しかもあのハガード教授だ…!

だってジャニーズなら、入って早々キムタクが笑顔で話しかけてくれたようなものだ。そんな貴重な機会に恵まれるなんて…。

 

 

あとでS研究員と合流して、そのことを報告した。

するとS研究員もおーすごいねって喜んでくれたあとに、「まぁでもそれがやっぱアカデミックの良いとこだよね」みたいな言葉を言っていた。

 

この世界は、歳をとっているから偉いというものじゃない。

研究者は研究者同士尊敬しあっていて、ポジションの違いこそあれど、対等な立場で議論をする。だからこういった権威ある教授と1学生の交流やディスカッションが生まれることもざらにある。

 

これは一般の会社には、なかなかない感覚だろうなと思う。

真摯に学問に向き合っている人たちに許された特異な場だ。

 

 

まったく、何が

「学会は日ごろ研究を頑張っているご褒美みたいなものだ」だ。

ちゃっかり、皆こういった場で新たな縁をつないでいって未来の研究に活かしている。

ご褒美というには若干スリリングすぎる。

S研究員はそういうことも全部分かったうえで、僕の気持ちを軽くするために言ってくれていたのかもしれない。

君次第だよと試されていたわけだ。背筋が伸びる思いだった。

 

 

その翌日、多少のトラブルはあれど、僕はそつなくポスター発表を終えた。

しかしハガード教授が来ることは無かった。

 

 

帰国して一週間ほど経ったある日、ハガード教授からメールをもらった。

 

ポスター発表に行きたかったが学会運営側の会議が入ってしまって行けなかった。

後でデータで君の研究を見たが「It is extremely interesting」な部分があった。

 

といった内容だった。

 

 

当然、これを機に僕はより研究生活に邁進していくことになる。

一週間弱の国際学会はとても印象深いものになった。

 

にしても、あのときのハガード教授の言葉、

『Life is too short to be nervous.』

こんなキザなことをあのタイミングで言うなんて。

 

 

人生は緊張するにはあまりに短すぎる。

 

 

なんて、背中を押してくれる言葉なのだろうか。

あの日あの時、勇気を出してハガード教授に話しかけたことで、また新たな勇気をもらえた気がした。

 

うん、絶対に忘れない。

僕もあの輝く眼差しで未来を見つめる人になりたいと強く思った。